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広島高等裁判所 昭和30年(ネ)20号 判決 1956年9月04日

控訴人 被告 株式会社広島相互銀行

代表者 森本享

訴訟代理人 田坂戒三

被控訴人 原告 三上勲

訴訟代理人 水田謙一

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において本件抵当権設定については東洋印刷株式会社に対しては勿論瀬川博に対しても再三履行督促をしたものであると述べ、被控訴代理人において東洋印刷株式会社に対する督促は不知であるが瀬川博に対する督促の点は否認すると述べた外は何れも原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

立証として控訴代理人は乙第七、八号証を提出し、当審証人猪足四信、下土居琴二、住谷一登の各証言を援用し、被控訴代理人は乙第七、八号証の成立を認めると述べた外当事者双方の証拠提出、認否、援用は何れも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。

理由

昭和二十三年十二月三十日訴外瀬川博が控訴会社から無尽の給付を受け且つ控訴会社との間に同訴外人が控訴会社に対し金十二万一千七百二十円を昭和二十四年一月より昭和二十六年十月迄三十四ケ月に亘り毎月十三日金三千五百八十円宛分割弁済すべく、右分割弁済を一回でも怠つたときは百円につき一日十銭の割合による損害金を附し残額一時に支払うことという所謂無尽金返掛契約を締結した事実、同日被控訴人において同訴外人の右債務につき連帯保証をした事実、同訴外人、被控訴人、控訴人三者間の右約旨が昭和二十五年五月十三日広島法務局所属公証人津村幹三により新第四四六三号公正証書に記載せられ且つ直ちに強制執行を受くべき旨の記載がこれに附せられた事実は当事者間に争がない。

然るに被控訴人は右無尽金の給付に当り控訴会社は瀬川博より右債務の担保として抵当権の設定を受けたか、少くとも抵当権設定の予約をなした旨主張し、控訴人は訴外東洋印刷株式会社との間で抵当権設定の予約をなした旨主張するので考へてみるに、成立に争のない甲第七、八号証、乙第一号証、第八号証、当審証人住谷一登の証言により成立の認められる乙第五、六号証、原審証人瀬川博、河野清登、竹内節二、原審並当審証人猪足四信、下土居琴二、当審証人住谷一登の各証言、原審被控訴本人尋問の結果(第一、二回)に本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば訴外瀬川博は広島市横堀町二百九十六番地宅地六十一坪四合五勺と右宅地内東方所在家屋番号百三十五番木造枌葺平家建居宅一棟建坪二十二坪を所有していた(以上の事実は当事者間に争がない。)ので前記無尽給付を受けるに当り右土地及び建物につき無尽返掛金の担保として抵当権を設定することにしたが、当時右不動産は未登記であり且つ都市計画による換地が確立していないため抵当権設定登記手続が直ちにできないものと考へその可能性のある昭和二十四年一月二十日に抵当権設定をなしその登記手続をなすべき旨控訴会社との間に抵当権設定の予約をなした事実、その際控訴会社としては右契約成立の証拠として念書を差入れしむることとしたが、当時控訴会社の係員は瀬川博の信用担保等を調査した結果、同人は東洋印刷株式会社の社長であり前記無尽給付金も同会社の運営資金として使用させるものであり本件宅地上の家屋も同会社の社宅として使用されていることが明かになつたので主債務者瀬川個人は勿論同会社からも念書を差入れしむる方が確実性ありと考へたため東洋印刷株式会社代表取締役の肩書ある瀬川博名義で控訴会社宛念書(乙第一号証)を差入れしめて満足し(瀬川が社長と同一人であるため右念書のみで差支えないと考えた形跡あり)進んで瀬川個人の署名捺印を徴するとか瀬川個人名義の念書を差入れしむることをしなかつた事実が認められ右認定に反する部分の前示瀬川博の証言、原審被控訴本人尋問の結果は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。尤も前記乙第一号証の念書によると抵当権設定の目的物が前記横堀町の宅地建物と異つているが右は表示を誤つたものであること前示瀬川の証言により明かであるから前記認定の妨げとならない。

右瀬川博は昭和二十六年七月二十一日前記宅地建物を訴件福田計に売渡し即日移転登記を経由した事実は当事者間に争がないから控訴会社としては瀬川博に対し前記抵当権設定の予約履行を求めることが困難となり担保喪失に類似した事態を生じたことは謂うまでもない。

仍てかかる事態になつたのは控訴会社の懈怠によるものであるか否かについて考えてみるに、前顕乙第一号証第八号証、成立に争のない乙第七号証に前示竹内節二、猪足四信、下土居琴二、住谷一登の各証言を綜合すれば控訴会社では昭和二十三年十二月三十日瀬川博から受取つた念書記載の抵当権設定期日である昭和二十四年一月二十日同会社給付係竹内節二が外務員等をして瀬川博にその履行を催告さしたが同人は土地建物未登記を理由に登記に協力せず、更に同会社管理係下土居琴二も瀬川博に会つて同様催促し、且つ連帯保証人である被控訴人(当時瀬川と代つて東洋印刷株式会社の代表取締役となつていた)に対しても登記協力方を申向け、又右登記期日後も控訴会社の外交員が東洋印刷株式会社に赴き瀬川博と被控訴人に対し登記方を催告したが右両名は多忙と手続困難を理由に応ぜず、控訴会社はその後も屡々書面により催告したが応答なく、係員が瀬川博方に行くも不在か、後には所在不明となり、又抵当権設定を予約した者は瀬川博であるがその唯一の書証である念書が東洋印刷株式会社代表者名義であるため仮登記手続又は提訴して仮処分の方法によることが困難な状態であり他に瀬川博に対し登記に協力せしむる適切な手段がないまま時日が経過するうち前段認定のように瀬川において本件不動産を他へ処分し前記予約の履行を求めることが益々困難な事態に立ち至つた事実が認められ右認定に反する部分の前示瀬川博、被控訴本人の各供述は信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しかしてこのような事情の下では控訴会社としては抵当権設定の予約履行を求めるにつきその尽すべきは尽したものと謂うべくこれに対しそれ以上の措置を要求することは無理であるからこの点につき控訴会社には何等懈怠はなかつたものと認めるのが相当である。

従て債権者の懈怠による担保喪失を前提とする本訴は爾余の争点につき判断する迄もなく失当であること勿論なので、これを棄却すべく、右と異り被控訴人の本訴請求を認容した原判決は取消を免れないから民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のように判決した。

(裁判長裁判官 植山日二 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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